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羽衣伝説と富士山信仰の歴史『三保の松原』

市内唯一の世界遺産『三保の松原』について紹介します。観光地として整備されていますが、現地は案内や紹介が少ないので参考資料としてまとめさせていただきました。

 

①三保の松原(みほのまつばら)

 三保の松原は静岡市内にある唯一の世界遺産。

2013年6月22日 世界文化遺産「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」として富士山の構成資産の形で登録されました。全長約7kmの松林、羽衣の松、神の道、御穂神社、清水灯台から構成されています。

当初、富士山との距離が離れていること、海岸浸食対策の消波ブロックが景観を損ねているなどの理由から、構成資産入りの審査では除外の方向で話が進んでいましたが、報告を受けた地元学生による海岸、松林の大規模清掃活動が評価されたこと、そして文化遺産として登録することは景観ではなく古来よりの信仰の対象、芸術家がインスピレーションを受けた地として充分の価値があるとされ、逆転の形で構成資産入りを果たしました。

 

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毎年6月22日前後の土曜日には世界遺産登録記念事業として『三保の松原キャンドルナイト-あかりともるよる』が開催されています。

1915年に実業之日本社主催で日本三景にならった日本新三景の選定が当時の雑誌『婦人世界』の読者投票で行われました。三保の松原が最多得票数で登録されたことからも、当時から国内での知名度は高かったものと窺えます。1922年には国の名勝にも指定されました。

 

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新三景の碑

②羽衣の松(はごろものまつ)

 見所の一つである羽衣の松は現在三代目。初代の松は1707年の宝永大噴火で沈んだと伝えられており現存する資料としてモノクロ写真などに写っているのも二代目の松になります。

2010年に立ち枯れが進んだことから危険と判断され伐採。現在の三代目が選定されると共に、二代目羽衣の松は三代目の松の後ろにある羽車神社の傍に幹から下を残して保存されています。

 

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二代目羽衣の松

毎年10月には羽衣まつりが恒例行事として開催され、羽衣の松の傍に建てた舞台で薪能(たきぎを焚いて野外で行う能)が披露されます。能『羽衣』は三保の羽衣伝説に基づいた演目で、音色と波の音に合わせて舞う姿は天女伝説を雄大に語っています。

 

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薪能

③エレーヌの碑

 羽衣の松の傍には『エレーヌの碑』と書かれた墓碑があります。

 

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 エレーヌ・ジュグラリス(1916-1951)

彼女はフランスの舞踏家でしたが、日本の能に魅せられ西洋で能『羽衣』の上演に情熱を注いだ人物です。

生涯を羽衣に奉げ、羽衣の衣装を纏ったまま舞台で倒れ、そのまま35歳の若さでこの世を去りました。

最後まで憧れを抱いたままついにたどり着く事の無かった三保の松原へは1951年、彼女の遺志を継いだ夫のマルセル氏が遺髪と能装束を携え訪れました。

戦後の暗い時代を過ごしていた三保の住民は遠いフランスの地で日本の伝統芸能に生涯を奉げた舞踏家の存在に感銘を受け、彼女の羽衣と三保を愛する心と功績を称えると共に、日仏文化交流の記念碑として羽衣の碑(エレーヌの碑)を建てました。

羽衣まつりではエレーヌ夫人への献花、羽衣の舞の奉納も行われています。

 

 

④遊歩道→鎌ヶ崎(かまがさき)

 海岸への階段を上り終えたすぐ左手側は遊歩道へつながっております。

 

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 松林の道、海の道と分かれていますが、どちらも松林の間を歩く遊歩道です。

 

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 松林の道は長寿な松から若い松まで様々な松が並んでおり、同じ松並木でも変化があるので歩いて進むだけでも楽しいです。

 

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 10分ほど歩くと自転車道と合流します。この辺りを『鎌ヶ崎』と言います。

鎌ヶ崎は多くの三保の松原の絵画が描かれたロケーション。今は道路が舗装されてしまっている為当時と同じ景色とはいきませんが、正面から雄大な富士山を眺めることができるビュースポットです。

 

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 海岸に降りることもできますので、波打ち際からの富士山を眺めることも可能です。

 

⑤三保の成り立ち

 三保は安倍川からの土砂と有度山からの砂礫によって形成された砂嘴です。

正確な記録は残されていませんが、江戸の時代までは船で三保島に渡っていたと記録されています。

 万葉集などに三保を詠んだ句が遺されていることから、平安時代から親しまれたとされ、天女伝説もその頃の時代の説が有力だそうです。

 三保の松原入口にある御穂神社もその頃から存在していたと記事が遺されており、正確な創建年は不明ですが、1000年以上続く大変由緒ある神社とされております。

 

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 鉢巻石も上記した特殊な成り立ちから作られた大変珍しい石ですので、三保の海岸でしか見つけられないと言われています。

 

三保の松原の観光地化は都合の良いことばかりではなく、海岸浸食の問題や観光客増加により松の根が傷んだりと問題も多いです。

松喰い虫という松枯れの原因となる虫への対策、大量に落ちた松葉の活用手段がないかなど、静岡市の学生を中心に研究も行われ、三保の松原は住民一丸となって守っていくものという認識があります。

三保の美しい景色を楽しんでいただいた後は、少しだけ自然問題についても興味を持って頂けたらと思います。