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『魚町稲荷神社』ワールドカップの願掛けにも!清水のサッカー神社!

サッカー王国以前からの歴史
少年サッカー発祥の碑

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入口

水区江尻町にある武田信玄ゆかりの神社。現在の江尻小学校に隣接するかたちで鎮座、400年以上の歴史があります。街道の賑わいもあり、廃れることなく地元の人間に親しまれてきた神社です。例祭は8月3日。

近年は清水のサッカー神社の一社としても話題になり、様々な願掛けに多くの人が訪れています。清水エスパルスの選手もシーズン前の必勝祈願に訪れるそうです。

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魚町稲荷神社の成り立ち

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魚町稲荷神社について

いてある通りですが、当時駿河を支配していた武田信玄が江尻城を築き、その後城主とした武田家家臣穴山信君の方針で社殿を造営したのが始まりだそうです。

魚町稲荷神社を含め、江尻のこのあたりは立派な城の跡地であり、今でも二の丸町などの地名と中心を囲うように入り組んだ町並みに当時の名残があります。

魚町の由来

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魚町の由来

陰になってしまい読みにくいので書き出します。

慶長六年(1601)徳川家康は、江尻宿を制定し、同十二年巴川に稚児橋を架け、人々は入江町・(魚町)・中町・下町・伝馬町を宿五町と称し、これを中心として宿場は栄えた。上町には問屋場・本陣(寺尾与衛門・橋本甚兵衛)があった。

享保十年(1725)には、上町は魚町と記されており、安政年間の記録によると、全戸数四十七戸の内、宿屋が十九戸で、他は雑貨屋・茶めし屋等であった。

天正年間以前は、巴川を下り漁を営む人が多かったとも言われており、いつ頃から、上町が魚町と変わったかは定かではない。(略)

単純に読み間違いの伝言ゲームだった可能性も...?江尻城の氏神として祭ってから100年以上後になって魚町稲荷神社の名前が付けられたのですね。

境内

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手水が枯れてる

内に入りすぐ左側のご神木の隣に手水舎がありますが、枯れています。手水の作法の看板など最近設置したような雰囲気もあるので、今回偶然水が張られていなかったのか、季節によってなのかは分かりませんが、今でも参拝者がいる神社で珍しいですね。

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奥へ

拝殿の前に赤鳥居ひとつ、右側には明治天皇御東行御遺跡碑が。灯篭や石畳も整っていて、歴史ある神社の境内の割に新しい雰囲気も感じられます。

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拝殿

拝殿の手前のお稲荷様はとても綺麗。奉納の文字をしっぽで隠してるのも愛らしいですね。傷が殆どなく、シミも少ないのでこれは近年作られた像だと思います。そして気になるのが左奥のサッカーボールです。

日本少年サッカー発祥の碑

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日本少年サッカー発祥の碑

こちらが清水のサッカー神社たる所以『日本少年サッカー発祥の碑』です。綺麗なサッカーボール型、こちらも新しい建造物に見えますが、1999年に創られたものです。2019年で20周年ですね。

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碑について

省略して上手く伝えられないのでそのまま書き出しますね。

昭和三十年代、日本のサッカーは、いわゆる御三家と呼ばれた広島・藤枝・浦和を中心に展開していました。その頃清水は、どこにでも見られるごく平凡な地域のひとつにすぎませんでした。

昭和三十一年、ここ魚町稲荷神社に隣接する江尻小学校にサッカー好きの新任教師(堀田哲爾)が赴任しました。その日から先生は子供達と毎日運動場でボールを蹴りました。

ところが、当時江尻小学校には"ボールを、足で蹴ってはいけない"という校則がありました。しかしサッカーの魅力にとりつかれた子供達の様子を見て、校長先生も許可をしたのです。これが『日本で初めての少年サッカーチーム』を生むきっかけになりました。

文部省小学校学習指導要領第三次改定(1968年)体育科のボール運動に"サッカー"が登場する十二年も前のことです。江尻小を皮切りにその後、清水市内に小学生チームが次々と誕生し、 昭和四十二年には『国内初の小学生リーグ』がスタート、指導者育成の為コーチングスクールも開校されました。

この年、東海四県サッカー大会が開催され、日本一のチームをつくる一貫として、清水市内の江尻小・入江小・庵原小の子供を集め選抜チームを結成し、優勝をかざりました。これが清水FCの前身です。

清水からは数多くのJリーガー・日本代表選手が生まれ活躍しています。それは当時の指導者達が長期的な視野にたち、世界に通用する日本一の少年団チームを育成強化したからです。その後もサッカーに関わる多くの方の献身的な活動・努力により"サッカーのまち清水" ができあがりました。

現在では『ゆりかごから息続くまで』を合い言葉に、三歳のチャイルドサッカーから、年輩の方のOBリーグまで、あらゆる年代の人達が"いつでも、どこでも、誰とでも"清水市のどこかでサッカーを楽しんでいます。

この碑は当地が清水のサッカーを発展させた原点の一つであり,日本の少年サッカーチーム発祥の地である事を記念して創られました。

サッカー王国清水を記念してのものかと思っていましたが、それ以前からの日本の少年サッカーの歴史に関わる存外格式の高い物でした。

スタンプもあります

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名前が大げさ

記念スタンプ処と大げさな看板の前に古いテーブルにスタンプ一つというギャップがすごいです。台紙の缶に平成29年1月27日と書かれていたので、設置日のことならごく最近ですね。

もう一つのサッカー神社

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小芝八幡宮

ぐ近くにもう一つのサッカー神社、小芝八幡宮もあります。こちらはサッカー発祥の歴史とは関係なく、勝負事の神様八幡様にあやかって、清水の少年サッカーチームの勝利を願った神社ですね。ワールドカップの願掛けならこっちのほうがいいのかな?せっかくなので両方周ってくださいっ!

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スポット情報

施設名 魚町稲荷神社
住所 〒424-0818 静岡県静岡市清水区江尻町14-74
連絡先 054-366-4842
駐車場 あり

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